発達心理学

アイデンティティ・ステータスの意味:モラトリアム・拡散・早期完了・達成

大学の授業でアイデンティティ・ステータスの4分類を教わったけど思い出せない… そもそもアイデンティティってどういう意味だったっけ?

このような疑問にお答えします。

本記事の内容

  1. アイデンティティ・ステータスとは
  2. アイデンティティ・ステータスの4類型
  3. アイデンティティについて本格的に学ぶための鉄板書籍+学生特権

 

私は児童精神科で青年期のクライアントさんのカウンセリングをしていました。

大学時代に発達心理学・青年心理学の講義を取り、アイデンティティについて学んでいた身です。

そんな私が解説いたします。

おさらい,アイデンティティとは?

アイデンティティという言葉は元々E.エリクソンという発達心理学者が提唱した「漸性発達理論」(epigenetic theory)という発達理論に含まれる青年期の発達課題の1つです。自分らしさの感覚のことであり「自己同一性」、「自我同一性」などと訳されています。より詳しく知りたい方は>>心理学的な「アイデンティティ」の意味:エリクソンの漸性発達理論をご覧ください。

アイデンティティ・ステータスとは

アイデンティティ(エリクソンで有名)は達成までの間にいくつかの特徴的な状態があり、その分類をアイデンティティ・ステータスと言います。

元々はマーシャ(J.E.Marcia)が提起した概念で、青年期の発達課題であるアイデンティティ確立に向けて、課題をどのように対処し克服しようとしているかの行動類型です。アイデンティティの達成状況パターン」と言うこともできます。

アイデンティティ・ステータスの話に行く前にマーシャがどのように分類したかだけ説明させてください。アイデンティティ・ステータスは「危機(crisis)」と「積極的関与」いう2つの要素を測定し、それらがどのような状態にあるかでステータスを分類しています。

危機(crisis)

役割の試みと意思決定期間、と解説されていますが、ようするに、達成に向けて悩んでいるか否かです。

積極的関与(commitment)

人生の重要な領域(生き方・職業・価値観など)に積極的に関与しているかどうかです。

以後の内容は危機と積極的関与の2要素を頭に入れたうえで読むと理解しやすいと思います。

アイデンティティ・ステータスの4類型

アイデンティティステータスには拡散、早期完了、モラトリアム、達成の4つの分類があります。

1. 拡散(Diffusion) [ 危機:ありorなし/積極的関与:なし ]

危機の有無にかかわらず、積極的な関与ができないグループです。
自分の人生について主体的な選択ができず、何がやりたいのか分からない、途方にくれている感じです。

ことばにすると「一生懸命なんてダサいっしょ」といったイメージです。

・パターン1
自分自身について真剣に悩んだ事がないため、今の自分が良くわからないでいるタイプ。

・パターン2
全ての事に積極的に関与する事を回避し、無関心の状態を維持することで、あらゆる可能性を持っておこうとするタイプ。1つのことに打ち込むことで、現実の自分や自分の限界があらわになってしまうために起こる。

いずれにしても自己評価は動揺しやすく、他者との親密な関係を形成できずにいることが多いと言われています。他にもむさしさ、自意識過剰、偶然に身を任せるといった特徴があります。

2.早期完了(Foreclosure) [ 危機:なし/積極的関与:あり ]

危機を経験していないのにも関わらず、積極的関与をした結果、一見すでにアイデンティティが確立されたような状態のグループです。

「これでいいや。簡単そうだし」などと生き急そぎ、重要な選択を熟慮せずにしてしまった方とも言えます。会社社長のご子息に多いかもしれません。

特徴として、両親とは密着した関係にあり、その考えや価値感を身につけています。職業の選択にも親が積極的に関与しているので、一見アイデンティティが達成されたように見えますが、その価値観は吟味なしに無批判で身に着けたものであり、見せかけです。

結果的に心理的な悩みや危機をあまり経験しておらず、考えも硬く融通がきかないため、自分の価値観が通用しないような状況に置かれると混乱し防衛的な行動をとります。

3.モラトリアム(Moratorium) [ 危機:最中/積極的関与:あいまい ]

エリクソンは心理的・社会的な責任の猶予期間のことをモラトリアムといいました。経済用語のモラトリアム(支払い猶予期間)からきています。

そのモラトリアム的な生き方をしているグループをマーシャがモラトリアムと分類しました。このグループは大人なるために必要な自分の適性や価値観を探求している、つまり危機を経験しつつある群です。

「自分はいったい何がしたいのだろう、あれかな、これかな」などと悩むイメージです。

自己定義を得ようといろいろな事に関心を持ち、積極的に関与しようと試みるが、それがあいまいで焦点が定まらずに悩むといった行動が見られます。

ですがこのモラトリアムにも2つのパターンがあるといわれています。

1.ネガティブなモラトリアム

関与の対象を探そうとしているものの「明日できることは今日しない」ような楽に生きようとする人。モラトリアム人間と呼ばれていた人たちです。

2.ポジティブなモラトリアム

将来どのような人間になりたいかはわからないけど、1つには絞らず、目の前に興味のあることがあるからそれに打ち込む人。結果として職業が後からついてきたりする。大器晩成の要素をもっているような人です。

4.達成(Achievement) [ 危機:あり(あった)/積極的関与:あり ]

危機を経験し、それを通じて自分で選択した人生のあり方に対して積極的に関与をしているグループです。

つまり、自分なりのアイデンティティをそれなりに確立している人たちです。

自分についてこれまで悩んだ経験がもとになっているので、何ごとも自分の意思で選択し、それに積極的に関与しようとする姿勢を持ち、かつ柔軟に対処できるのが特徴です。他のステータスに比べて自己評価は高く、親密な人間関係の形成が可能であると言われています。

私が授業を受けたときに先生が言っていましたが、「青年期ではまれ!」だそうです。

以上4つのグループを紹介いたしました。アイデンティティ・ステータスのイメージをつかめていただけたでしょうか?

アイデンティティは最終的には達成に向かっていくという性質をもっているらしく、達成以外の3グループは達成に至るまでのバリエーションととらえることもできそうです。

アイデンティティについて本格的に学ぶための鉄板書籍

以下の大野先生の書籍がアイデンティティ・ステータスの理解に非常に役に立ちます。読み物としても本当に面白く、「愛」について心理学的に論じている数少ない書籍だと思います。

本ブログでは他にも心理学に関するコラムを執筆していますので、ぜひご覧ください。

文化心理学

2022/4/16

1分でわかる文化心理学と比較文化心理学の違い

皆さんは文化によって人の心の有りようは変わると思いますか? ぱっと思いつくだけでも、アメリカ人は自己主張が強くで個人主義的で、逆に日本人は控えめであることを良しとし、集団主義的であるといった特徴を思い浮かべることができます。 心理学においても、このように文化によって人の心理に差が出るのかということを研究する分野があり、それが文化心理学と比較文化心理学です。今回の記事ではこの2つの違いについてお伝えしていきます。 学部時代、地味にこの授業大好きでした。 定義の前に(文化と心理の基本的な前提) これまでの心理 …

ReadMore

文化心理学

男らしさと女らしさ 日本は男らしさを重視する? Hofstedeの文化差の次元3

ReadMore

精神分析

2022/2/19

【3分で読める】エス・自我・超自我とは|フロイトの心的構造論

今回はフロイトが提唱した心の仕組みである「心的構造論」をご紹介します。単に「構造論」とも呼ばれる精神分析の前提となる重要な概念であり、心は「エス(イド)」「自我」「超自我」という3つの領域からなるというのが要点です。 3分で読める程度に短くまとめてありますので参考になれば幸いです。 心的構造論とは(エス、自我、超自我) フロイトは人の心をエス(イドともいう(id, Es))、自我(ego)、超自我(super-ego)の3つの領域からなる1つの装置(心的装置)と考えていました。 これを「心的構造論」と言い ...

ReadMore

恋愛心理学

2022/4/16

運命の赤い糸は20本ある説

運命の赤い糸とは? 運命の赤い糸とはご存じのとおり、自分と生涯のパートナーとを結ぶ見えない糸があるという伝承です。wikipediaで調べてみたのですが、アジアでは結構古くからある伝承みたいです。 この概念には運命の赤い糸は1本であるという前提があります。 この”1本の赤い糸”、つまり運命的な出会いは生涯に1回しかない、という思い込みがパートナーの選択を困難にしているという考えがあります。 例えば赤い糸が1本であると考えた場合、良い人に出会う度に「この人で良いのだろうか、もっと良い人がいるかもしれない」と ...

ReadMore

家族心理学

2022/2/13

親役割代行と情緒的遮断:機能不全家族

※この記事は大学時代の勉強ノートです。 今回は親子の親密さに関する臨床的概念である「親役割代行」と「情緒的遮断」について紹介していきます。これらはいわゆる「機能不全家族」で生じる現象であり、見立てをする際に知っておくと役立ちます。 親役割代行( parental child / parentification ) 皆さんは子供の時に「自分自身が親を世話する」等、何かしらの事情で大人にならざるを得なかったことはありますか? このような子どもが親の役割を代行している状態を家族心理学では「親役割代行(paren ...

ReadMore

性格心理学

2022/7/4

【性格】ユングのタイプ論とは?|外向・内向と思考・感情・感覚・直感の2×4で類型化

  この記事では精神分析家のユングが提唱した「タイプ論」を紹介します。 タイプ論に行く前に知っておくと良いのが、性格をとらえる枠組みの代表である“類型論”と“特性論”です(ちなみにユングのタイプ論は類型論によるとらえ方です)。 類型論についてはこちらの記事をどうぞ 【血液型性格診断の元祖】性格の類型論とは?【ガレノスの4気質説】 皆さんは「自分の性格を説明してください」と言われたときにどう答えますか? 「やさしい」や「おおざっぱ」などの特徴を伝えるでしょうか、それとも「誰々のような性格」や「A型 …

ReadMore

性格心理学

2022/4/7

ガチな性格診断テストNEO-PI-R|五因子理論とは

インターネットで検索すると性格診断がたくさん出てきます。私も時々やってみては「これは何が根拠なんだろう」と疑問に思ったりしています。今回の記事では心理学の分野で作成されたガチな性格診断テストである「NEO-PI-R」をご紹介します。 実際の臨床現場で使われることはほぼ間違いなくないとは思いますが、性格検査の歴上非常に有名なため、知っていて損はないと思います。 では初めにNEO-PI-Rの基となっている理論から見ていきましょう。 五因子理論(Five Factor Theory) 五因子理論は特性論に位置す ...

ReadMore

性格心理学

2022/4/16

【血液型性格診断の元祖】性格の類型論とは?【ガレノスの4気質説】

皆さんは「自分の性格を説明してください」と言われたときにどう答えますか? 「やさしい」や「おおざっぱ」などの特徴を伝えるでしょうか、それとも「誰々のような性格」や「A型っぽい」などカテゴリーに分けて伝えるでしょうか。性格心理学では前者を「特性論」、後者を「類型論」と呼びます。この2つが性格(パーソナリティ)心理学の基礎になります。 この記事では「類型論」を紹介します。特性論については以下の記事をご覧ください。 性格の【特性論】とは|オールポートの言葉の仕分けがルーツ 性格の捉え方は大別すると「特性論」と「 ...

ReadMore

精神分析

2022/2/24

精神分析的なカウンセリングでは何をするのか|転移・逆転移・解釈・抵抗・洞察

フロイトは人の無意識に着目し、人間理解のための様々な概念を作り上げてきました。 フロイトはもともとヒステリーの研究から出発し、お話しをするだけで患者が変わるという、ということを見出した人です。ではそのお話であるセラピーでは何をやっているのでしょうか。 今回は精神分析的心理療法の概要についてお伝えしたいと思います。 精神分析的心理療法(精神力動的心理療法) どのセラピーでも言えることですが、精神分析のセラピーで特に重要となるのが「治療構造」と呼ばれるものです。 治療構造 時間、場所、セラピストが同じであると ...

ReadMore

恋愛心理学

2022/3/6

なぜ恋人同士の顔が似るのか|心理学的に見る好きな異性のタイプとは

異性のタイプとは過去の重要な人物に対する感情の転移 フロイトが創始者である精神分析という学問をご存知でしょうか。人の無意識に着目して心の動きを説明しようとする学問です。 精神分析的にはタイプとは ”過去の重要な人物に対する感情の転移” と考えられています。転移とは、過去の感情を現在に移して感じていることを言います。 ここで言うところの重要な他者とは、”異性の親”です。 いやいやいや と思った方も多いかもしれません。実際私もピンとこないところが多いです。女の子は父親に似た人を好きになる、といったことが話のネ …

ReadMore

  • この記事を書いた人

モトセ

臨床心理士です。最近は不登校関係の記事に力を入れています。

-発達心理学