意識・無意識・前意識 -局所論-

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前回、精神分析まとめのまとめで精神分析の前提として無意識の存在がある、ということを書きました。


今回はその無意識を含む意識について、精神分析ではどのように考えられているのかを紹介していきます。



■ 意識・無意識・前意識


・意識と無意識(consciousness and unconsciousness)


精神分析ではよく意識を氷山に例え説明しています。


氷山は見えている部分は全体の一部分であり、大部分が水面下にあります。
この見えている一部分が私たちが自覚できる意識であり、水面下の大部分が無意識にたとえられます。


心の大部分は普段隠れているっていうことです。


ちなみにこの隠れている部分には何があるのかというと、本能衝動や観念、記憶と言ったものが抑圧されているとされています。


心理学は心を科学的な視点から見ていこうという学問なので、無意識ってあるのかな?的なスタンスなのですが、精神分析は最初からこの無意識の存在をあるものとして話を進めている点が特徴です。


まとめると

意識
 私たちが普段自覚できる意識、日常的な言葉で使われる意識と同義。

無意識
 私たちが自覚できない心の領域。欲望や記憶などが抑圧されている。



・前意識(preconsciousness)


無意識と意識の中間にあり、努力や他者からの指摘によって意識することのできる部分を前意識と言いいます。


絶対に普段意識できない部分と、頑張れば意識できる部分が区別されているような感じでしょうか。



そもそもフロイトが無意識という概念に着目した理由は、神経症などの臨床にのぞむ中で、物忘れなどの失策行為や不可解な症状、奇妙な夢の背後には本人も気づいていない心の内的な働きがあるのではないか、と考えたからのようです。


そういった視点によって研究を行い出来上がったのが上記の意識、無意識、前意識の存在を仮定した理論で、これを局所論と言います。



■ 局所論とは


心には意識、無意識、前意識という領域が存在し、それぞれを局所と呼んだことから、意識に関するフロイトの理論は局所論と呼ばれています。


フロイトが発見した、というか見出した無意識という存在ですが、どうしてそこまですごいのでしょうか。


フロイトの独自な点は、無意識は抽象的、また、動きのない静的なものではなく、心の中に湧き上がるものを意識に上らないように抑え込むような葛藤的な動き、心の力動であると見ていた点だと言われています。


なぜ意識化できないものがあるのかというと、単純に意識に上がってきてしまうと都合が悪いからです。

ある欲望や気持ちを自覚してしまうことで生じる苦痛を意識しないで済むように抑圧という防衛が働くように、抑え込む力と、抑え込まれているもののぶつかり合い、葛藤をフロイトは力動的な葛藤と呼びました。そしてこれが出発点となっています。



無意識について理論化された局所論ですが、これは実はフロイトの初期の理論なんです。


そのため、局所論では抑圧や意識化をともに無意識の領域が行っていることになり、理論的には微妙なところがあるといった不都合な点がありました。

そこで、その理論不足な点を補うために提唱されたのがエス、自我、超自我という領域を仮定した心的構造論と呼ばれるものです。


次回はその心的構造論について紹介していきたいと思います。



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この記事を書いた人
モトセ

30代の心理職です。元会社員で社会人入試組。ITベンチャー→大学→大学院→心理職。SC、精神科クリニック、企業内心理職の経験ありです。twitterでは心理学関係の学会の更新情報をほぼ毎日つぶやいていますので、情報収集に使ってください。

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