この記事は「産業領域で働く心理職・保健師のためのメンタルヘルス対策入門」シリーズの第1章です。
組織のメンタルヘルス対策は何から取り掛かればいいのでしょうか。
前任者がいれば、それまでの方針を踏まえつつ、その組織が抱える独自の問題を解消するように動けばいいかもしれません。
しかし、もし初めて心理職を雇う企業であったら、採用された心理職も何から手を付けたらいいかわからなくなることも多いのではないでしょうか。
私は3ヶ月くらいは何したらよいかわからず、椅子に座って悶々とした気持ちでいました。
この章では、新たに採用された心理職が、可能な限りスムーズにその組織に溶け込めるような行動について、私なりのポイントをお伝えしていきたいと思います。
産業組織に入った心理職が最初にやるべき5つのこと
心理職採用に至る経緯、組織側のニーズ、期待される役割を把握する
組織が心理職を雇う場合、何らかの目的があって、メンタルヘルスの専門家を雇用すると考えられます。
例としては、メンタル疾患による離職を止めたい、福利厚生として相談室を作りたい、復職者が定着しない、ハラスメント対策をしたい等が挙げられるでしょう。
よって、まずはその組織特有のニーズをつかむことから始めるといいと思います。組織の風土や職務の特徴に由来する特有の困り感があるはずです。
どのように探っていくかですが、心理職の採用を決めた人間や、プロジェクトチームがあるはずなので、その方々に聞くのがいいでしょう。
多くの場合、総務や人事、福利厚生を担当する部署にメンタルヘルスリテラシーが高い人がおり、「心理職を採用してみましょう!」みたいな感じで採用がスタートしたはずです。社長の鶴の一声かもしれません。まずはその人たちの困り感を引き出しましょう。傾聴のスキルが活かせると思います。
ここで重要なのは「①上司(採用を決めた人)に気を使いすぎないこと」、「②こちらから提案することを諦めない」こと、だと思います。
上司に気を使いすぎないこと
敬意やマナーは大切ですが、上司が忙しいから話しかけない方がいいかなとか、そういう遠慮はしない方がいいということです。
1人の全く無関係の人間が組織に入るというのは、相当体力を使います。
そこで遠慮し、心理士自身が困り感を解消できない状況・空気を自ら作ってしまうことは、相撲で言えば土俵際からスタートするくらい不利なことになります。
私はここで及び腰になってしまい、かなり遅れをとりました。その反省を込めてこの記事を書いているようなところもあります。
今は忙しいから空気を読もうというのは今考えれば「逃げ」以外の何物でもなく、一歩踏み込まないための理由づくりにすぎなかったなと思います。
少し勇気を出してみましょう。
こちらから提案することをあきらめないこと
初めて心理職を雇う組織の場合、「心理職ができること」をわかっていないことが多いです。
そのため、これをやって欲しいというリクエストが控えめだったり、あるいは過剰だったりすることもあるでしょう。
ニーズを理解したうえで、心理職側からできることを提案し、折り合いをつけていくことが必要です。
例えば美容室で働いていたとして、お客さんが「金髪リーゼントにしてください」とリクエストしてきたとしましょう。
「いやいや床屋じゃないし」となるわけです。そんなときは「それはできないです」と言わなければいけません。しかし、美容師側からこんな髪型もできますよ、なんなら似合いますよと提案してみると、意外とやってみようかなとなるときがあります、そんな感じです。
我ながら微妙な例えでした。
書籍化した際にはカットしましょう。
床屋だけに。
組織の風土、文化、規則、歴史、業務内容 等を把握する
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉のとおり、まず「その組織を知る」ところから始めましょう。目的を一言で言えば、「組織特有のストレッサー」を把握することです。
ニーズの把握と共通することですが、組織には特有の組織風土や業務内容があります。
例えばIT企業であれば「長時間労働が暗黙的に課される」とか、「障害があれば対応しなければいけないプレッシャーがある」とか、「コンピュータ好きには発達障害が少なくないこともあるのでコミュニケーションの問題」とか、そういったことかもしれません。
また、組織の風土的に厳格な上下関係があったり、ベンチャーであれば実力主義等もあるかもしれません。
メンタル不調が言いやすい組織とそうでない組織も、風土によって違うことがあります。
そのような組織特有の風土や事情を把握することは、今後のメンタルヘルス対策を企画・立案するうえで重要なヒントとなります。また、一概に実態が印象通りではない場合も多いため、組織内で得た情報や直に感じた空気感を参考に、組織の特色を理解していきましょう。
これは組織の中にいるからこそできることです。
情報収集には広報資料や規則、社内報、スローガン、有名会社ならwikipediaで歴史を学んだり、実際に働いている人に組織の特徴を聞いたりすると良いでしょう。
飲み会などがあれば、最初は積極的に参加しましょう。職員とコミュニケーションをとることで、独特のノリがわかります。
職員と関係性を作る
これは非常に重要です。
組織内心理職の存在理由(目的)の1つは「職員が心身ともに健康で仕事に励み、高い生産性を発揮することをサポートすること」です。その手段が相談対応やコンサルテーション、研修、心理教育なわけです。
その「手段」に職員を繋げるには、関係性ができている方がやりやすいです。
私がある研修で「企業に採用されたら何を最初にすればいいですか?」と質問した時のことです。講師の先生(某国立大学教授)が仰っていたのは、次のことでした。
「SCと同じです。他の職員(SCだったら先生方)と雑談をすることです。組織の人間にとってみれば、心理職は異分子ですから、興味はあるけど、警戒しています。立ち話をしたり、用もなく他の課に行って話をしてください。そうやって関係を作ることです」
私が上記のことを言われたときに感じたことは、職員さんと近くなりすぎると、いざカウンセリングになった際に、余計な思考が入ってしまうのではないか?、という心配でした。
仮に友人レベルで仲が良くなってしまったら、多重関係じゃないかと。何年かやって思いましたが、恐らくそれは杞憂です。
実際問題重要なのは、顔が見える関係を築き、あの人だったら相談してみようかなという関係を作ることです。
組織内ではそっちの方がメリットが大きく、優先順位が高いと感じています。
私がSVを受けた産業カウンセラー協会の偉い人は、職員との距離感について以下のように言っていました。
「私は職員との関係は“ずぶずぶ”よ。調子悪そうな人がいたら、課長に向かって「ちょっと連れてくねー」と言って、相談タイムにしちゃうし」
言い方があっているかわかりませんが、組織内の心理職は、職員が甘えられるような人物像がいいのかもしれません。
ちょっとした悩みから深刻な悩みまで、一般職員や管理監督職員関係なく、ちょっと弱音を吐けるような近しい存在。
心理職の性別や年齢、キャラクターにもよりますが、遠いよりは近く、カウンセラーというよりかは、ケースワーカーのような動き方の方が職員と良い関係を作れる実感があります。
また、私が大学でコミュニティ心理学を学んだ時のことです。講師の箕口先生はコミュニティ心理学では非常に有名な先生でした。箕口先生はコミュニティ心理学を体現する方法として、以下の言葉を大事にしておられました。
「軽快なフットワーク、綿密なネットワーク、少々のヘッドワーク」
この言葉が意味するところは、「考えることは大切だけど、まず自分で積極的に動き、人と関係を作り、それを大切にしろ」、そういうことだと思います。
人間性心理学やトランスパーソナル心理学の国内第一人者である諸富先生は、スクールカウンセラーを行う中で出会った理想的な教頭先生について話しておられました。
諸富先生曰く、職員室の雰囲気を決める大きな要因は、教頭先生のパーソナリティだそうです。そして、ムードの良い職員室にいる教頭先生は以下のような人物像だと仰っていました。
「一杯ひっかけたかのようなテンションで、かつ、少しオネエが入っている先生」
これを聞いただけで、フットワークが軽く、少しおせっかいで、ちょっと距離が近い感じが伝わると思います。
ようするにIKKOさんみたいな人ですね。
どんだけー!!!
一方で、目的もなく職場をうろつくというのはハードルが高い人もいるでしょう。
そういう場合はタバコを吸うのは1つの手です。喫煙所コミュニティというのはインフォーマルだからこそ、職員のリアルな声を聴くことができる貴重な場です。煙草を吸いたくないなら禁煙しているフリをして、ニコチンもタールも入っていない電子タバコを噴かすのがおすすめです。
メンタルヘルスに関するお便りを作成して、1人1人に配るという草の根運動的な活動もおすすめです(保険の営業みたいな感じです)。
社内でイベントがあれば率先して参加するのも良いでしょう。
相談対応ができる環境を整え、広報活動をする
ニーズを把握し、職員との関係を築きつつ、相談窓口を整えると良いでしょう。
いざ面談やカウンセリングの需要が生じた際に本領を発揮するためです。
ここで一句「いつまでも、あると思うな、相談室」
ワッツ?
SCのように相談室が与えられていればいいですが、叶わなければ会議室等を借りましょう。
週に1日、2~3時間でも良いと思います。個別相談のニーズが多ければ、もっと多くても良いです。
最初は相談室の認知度が低く、飛び込みの相談は限りなく0に近いかもしれません。そうであっても、事前予約の相談をその時間に充てる等、使い方はありますし、気持ちの問題ですが、心理職としてのアイデンティティを保つ時間にもなります。
相談ができる環境を整えた後は、広報活動しましょう。
社内に心理職がいるということを職員に知ってもらわないと相談にもつながりません。
ポスターを作成して掲示したり、チラシを作って職員に配りに行ったりするのも良いです。
内容は何でもいいと思いますが、心理職が何ができるか知らない人も多いです。こんな相談に乗れますよ、という例を記載すると良いと思います。
メンタル疾患者のリストと個別ファイルを作成する
社内のメンタル疾患者を把握するために、リストを作成することをお勧めします。
今後の支援対象を把握したり、その組織特有のメンタル不調になる共有要因を探っていくためです。
既存のものがあれば読み込み、なければ作りましょう。
また、面談記録等の個別の記録は、1人1ファイルで管理するようにしましょう。長期間支援していると、かなりの分量になる可能性がありますし、とっさに取り出しやすいため、個別に分けたほうが良いです。
このように全体のリストを作成し、個別の情報をファイリングしていくと同時に、各不調者がどのような経緯でメンタル疾患に至ったのかを把握していきます。
そこで傾向をつかんだら、メンタル不調予防の施策やメンタルヘルス研修の内容に反映し、活かします。
また、職員の健康管理カレンダーを作成することもお勧めします。
不調者の人数が増えてくると、誰といつ面談したとか、誰がいつ通院したとか、復職●か月目とか、そういった情報を把握するのが大変になってきます。
私はA41枚で1ヵ月分のカレンダーを用意し、随時手書きで記録していく方法で管理していました。
まとめ
この記事では、心理職として採用された後に「まず」やるべきことを書いてきました。おさらいすると以下です。
- 心理職採用に至る経緯、組織側のニーズ、期待される役割を把握する
- 組織の風土、文化、規則、歴史、業務内容 等を把握する
- 職員と関係性を作る
- 相談対応ができる環境を整え、広報活動をする
- メンタル疾患者のリストと個別ファイルを作成する
他にもたくさんあると思いますので、皆様の工夫があればコメント欄から教えていただけると幸いです。
今後も残りの章を地道に執筆の上、投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
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