
こういった疑問について、リエゾンという漫画のキャラクターを題材にお伝えしていこうと思いますので、参考にしてみてください。
ワーキングメモリーが平均なのになぜADHD症状が生じるのか
※結論を先に書くことに失敗したのでしばらくお付き合いください。
題材にするのは『リエゾンーこどものこころ診療所ー』という児童精神科のお医者さんが主人公の漫画です。『Shrink~精神科医ヨワイ~』と言い、今はどんな職種でも漫画になる時代になりました。
リエゾンの主人公は遠野志保という新米女性ドクターです。ケータイを置き忘れる、遅刻する、あげくは処方する薬の量を間違えて「小児科はあきらめろ」と言われるという患者側からするとヒヤっとする先生です。
昔から突っ走りやすい性格で喧嘩は日常茶飯事だったけど、近所の小児科の先生が優しく迎えてくれたのでその先生みたいになりたいと思って医者を目指した、という設定で、研修先の病院で佐山先生という先輩の児童精神科医と出会うところから物語が始まります。
初対面の際、遠野先生と佐山先生は次のようなやり取りをかわします。
佐山先生「志保さんの場合性格に問題があるわけではありませんよ。歯止めがきかないところやドジで早とちりなところ、そういうのをひっくるめて僕は、凸凹と呼んでいます。」
志保先生「…個性…ということですか?」
遠野先生「いいえ、あなたは発達障害です」
(リエゾン第1巻より)
この突然の病名告知に賛否両論あるようですが、漫画は序盤から読者を引き込まないといけないので演出上しかたないのかなと思います。
ストーリー詳細は割愛しまして、その後志保先生は知能検査(物語中では発達検査と呼ばれています)を受けます。ご丁寧に本物そっくりの結果用紙が書かれています。ちゃんと取材しているんだなと感じる瞬間です。
結果の画像を見るにWAISⅢのようです。志保先生の知能は
- 全検査IQ 130
- 言語理解 131
- 知覚統合 123
- 作動記憶(ワーキングメモリー) 102
- 処理速度 128 でした。
…、さすがはお医者さん、高い知能をお持ちでした。画像にしてみましょう。
誰が見てもわかるほどアンバランスであり、いわゆる凸凹があることがわかります。劇中では佐山先生は次のように説明(フィードバック)しています。
佐山先生「志保さんはゲームってやりますか?」
志保先生「ゲーム…。ハマってた時期はあります。今でもスマホゲームはやってますし。」
佐山先生「ちょうどよかった。ではそのグラフを遠野志保というキャラクターのステータスだと思ってください。プレイヤーによってバランス良く振り分ける人もいれば、攻撃力や防御力… 何か一つに特化させる人もいますよね?」
志保先生「私そのタイプです。いつも攻撃力ばっかり上げて突撃しちゃうんですよね」
佐山先生「僕もそうです!バランスをあえて崩すとゲーム性が変わって。(中略)。発達検査の結果もそれと同じだと考えてみてください。ちなみに定型発達の人はグラフが平坦で、発達障害の人はこんなふうに凸凹になります。遠野志保というキャラクターは語彙が豊富で言語理解に秀でていますね。情報を正確に読み解いて表現できる…これは医師として不可欠な能力です。一方で一時的に情報を保持する「ワーキングメモリ」が弱点なので、忘れ物が多くなったりうっかり指示を間違えたりする。」
志保先生「心当たりはたくさんあります。…? でもワーキングメモリの値って102って普通ですよね?」
佐山先生「たしかに一つの数値だけ見ると標準範囲内と言えます。でも全検査IQが130と高いのに…ワーキングメモリだけ低くてグラフ全体が凸凹になっている。」
志保先生「うーむ」
佐山先生「たとえばスポーツカーを作ろうとした時に…エンジンやタイヤをレース仕様で揃えても、ブレーキだけ普通車用だったら危ないですよね? 発達障害の人もそれと同じでそれぞれの数値が平均以上でも、全体のアンバランスさが様々な生きづらさにつながるんです。」
志保先生「なるほど…」
佐山先生「まぁそれでもいいんです。ゲームでは武器や防具、アイテムなどを買いますよね? 現実も同じです。足りない部分は何かで補ったり誰かを頼ったりすればいい。自分のキャラクターを深く理解した上でオリジナルの戦い方を編み出せばいいんです。」
(リエゾン第2巻より)
いかがでしょう。定型発達の人はグラフが平坦で、発達障害の人は凸凹になりますと断言しているのはよろしくないですが、わかりやすい例えではあります。
しかし、この車の例えは「発達の凸凹があることが生きづらさにつながること」は説明できていますが、「ワーキングメモリーが平均程度あるのになぜ不注意症状が出るのか」ということは説明していないのでは?と感じます。やや抽象度が高い例えになっているかもしれません。
私もWAISのフィードバックしていてこのようなケースが時折あります。ワーキングメモリーは平均かそれ以上あるのにADHD、特に不注意症状がでる方です。このような場合、納得感のあるフィードバックにするために説明に工夫が必要な場合があります。
では上記のようなケースをどのように考えればいいのか、コンピュータを例に説明してみたいと思います。
症状や症状によって本人が困るかどうかというのはご本人の生活環境を考慮せずに検討することはできません。知能検査の結果だけでは症状の全てを説明できない場合も多くあります。
WMが平均なのにADHD症状がでる理由:高い思考力に短期記憶が追い付かない説
私のなかでは以下のように考えるとわかりやすいと思っています(ちょっとコンピュータの知識がないとわかりづらいかもしれませんが何卒ご了承ください)。
まずは脳をパソコンだと思ってください。スマホの方がなじみがあればスマホでも良いです。
知能検査の「言語理解」をWordのような言語処理アプリ、「知覚推理」をフォトショップのような画像処理アプリ、「ワーキングメモリー」をパソコンのメモリ、「処理速度」をCPUだと思ってください。ちなみにWISCやWAISでは直接測定しませんが、長期記憶はハードディスクのイメージです。
- 「言語理解」を言語処理アプリ
- 「知覚推理」を画像処理アプリ
- 「ワーキングメモリー」をパソコンのメモリ
- 「処理速度」をCPU と例える
アプリは高性能であればあるほど多くのメモリを必要とします。例えばフォトショップや高グラフィックのネットゲームは多くのメモリーが必要になりますよね。高性能なゲーミングPCなんていうのもあるようです。人の脳も、アプリ(処理能力)が高性能であれば、それ相応のメモリー容量がないと機能を十分に発揮できないと考えてみます。
志保先生の場合、言語理解が131、知覚推理が123と高い言語・非言語処理能力をお持ですが、ワーキングメモリーは102と相対的に低く、その処理能力の全てを一時記憶であるメモリーに読み込んで使おうとすると容量が足りず、優先順位の低い情報が忘れさられたり、ケアレスミスをしたりするといった不注意症状につながる、と捉えるのです。図にすると以下のようなイメージです。
いかがでしょう。何となくイメージできますでしょうか。志保先生であればワーキングメモリーが120程度あればその能力をミスが少なく発揮できるのかもしれません。
ちなみに、志保先生はワーキングメモリーは相対的に低いですが、大変幸運なことに処理速度が128と高いため、多少のミスや忘れがあっても、何度も何度もトライアンドエラーを高速に繰り返すことができ、手数でミスをカバーしていたのかなと想像できます。
以上が私なりに表現した、ワーキングメモリーが平均程度にあるのに不注意症状が起こる理由です。
実際にフィードバックしていて、大人の方であればこの例えで結構納得していただける印象です。最後にもう一度お伝えしますが、知能検査の結果だけで症状を説明するのが難しい場合もあります。このようなケースもありますという視点で読んでいただけると幸いです。
ちなみに漫画リエゾンですが、なかなかリアルで読みごたえがあります。ご興味がある方はぜひ読んでみてください。読むのに少し体力を使いますが表現方法は参考になる部分も多いです。
WAISについてもっと詳しく知りたい方はこちらで解説しています。