M1グランプリとカウンセリング

雑記
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※この記事はただの雑記です。目次もなく、長いです。

12月20日に2020年M1グランプリの決勝が行われました。公認心理師試験を受けられた方はテレビどころではなかったかもしれませんが、twitter等を見ていれば、結果は目にした方も多いかもしれません。

脈絡がなくて申し訳ないのですが、私は芸人さんやアイドルをとても尊敬しています。生まれ変われるなら、心理士よりもそっち側になりたい、そう強く思います。心理士は基本的に、人を元気にするために会話をしないといけません。ですが、芸能人は存在が人を元気にします。あの人のライブを見るためにまだ生きていようとか、大げさではなく、そういう人は少なくないはずです。

昔小1か2の男の子のSCTを取った時のことです。結果から、その子があるバンドのことが大好きなことがわかりました。その子は児相で一時保護されていた子で、ちょっとやんちゃして、クリニックに検査を受けに来ました。私はその時まで、そのバンドのことが正直言って嫌いだったのですが、検査が終わった後、その子とそのバンドについて話していて、この子の救いになってくれてありがとうと心から思いましたし、ちょっといいバンドなんじゃないかと錯覚しました。そう考えると心理士というのは難しい存在です。その心理士と会うために明日も生きようと、そう思ってくれるのは嬉しいことですが、最終的には会わなくてもなんとかやっていける状態を目指すわけですから、こちらの気持ちとしては複雑です。

さて、今日はそんなことを言いたいわけではありません。本題に入ります。御覧の通りただの雑記ですので、勉強の役には立ちませんので、ご了承ください。本題というのは、私の個人的な今年のM1と、その反応への反応を、ちょっと言葉にしたい、そんなことです。ここからは読者の方がM1を見たという前提で書かせていただきます。また、ネタバレがありますのでご了承ください。

私は芸人さんやその芸(ネタ)が好きですが、すごく詳しいわけではありません。テレビ自体ほぼ見ないので、流行にも疎いです(有名どころのコンビやトリオくらいは知っています)。では今年のM1をなぜ見たかというと、去年たまたま見たM1が非常に面白くて、全然知らない人ばかりでしたが圧倒されたからでした。加えて、たまたまなのですが、ネットでナイツの塙さんが関東芸人はなぜM1で勝てないか、みたいなインタビューに答えているのを見ました。そのインタビューがすごく面白かった。要は芸人の分析をしているわけですが、非常に的確で、笑いってそうやって理解するものなのかと、まるでテキストを読んでいるみたいでした。感覚的にはセラピストの逐語録に、別の有名セラピストが解説をしているみたいな感じです。その記事を見たのもあって、審査員がどう審査し、どういったコメントをするのか、それもまた楽しみになりました。

では実際に今年のM1を見た感想はどうだったかというと、その時は全体的にあんまり笑えなかった。要因としては2つあります。1つ目はネタ自体がそんなに面白いと感じられなかったこと、2つ目は審査員がちゃんといい審査をするか気になって、なぜか私が緊張してしまったこと、この2つ。先に2つ目を言うと、野球の試合見ていて、好きなバッターが打ってくれるのか緊張して見守っているみたいな感じです。例えば「塙さん頑張って的確に点数つけて、わかりやすい解説してね!」と、心の中で思って力んでました。セラピー的にいうと「肩入れ」していたんだと思います。ひいきの選手が活躍するか、はらはらしたわけです。そのため、ただでさえスポーツ的要素が強く、ネタ番組より何倍も緊張感があるM1をさらに緊張して見てしまった。だから笑えなかった。何ならM1後の有吉さんの番組の方が100倍笑えました。来年からはただ単純に楽しむために見ようと心に誓いました。

前後しますが、1つ目はネタがそれほど面白いと思えなかったこと。私は漫才のリテラシーが低いので、ネタがうまいとか下手とか、そういうのはわかりません。ただ、yahooのコメント欄でも多かった意見ですが、出場したコンビのうち、声の大きいつっこみの方が多かった。面白いよりはうるさいなと感じる場面が多くありました。流行りなのか、たまたまそういう芸風のコンビが集中したのかわかりませんが、そっちが気になり、笑いに対してノイズになってしまった。もちろん全く面白くないわけではないのです。これはセラピーにも大いに言えることかと思います。どんなに深い内容のメッセージや美しい介入ができたとしても、クライアントが、セラピストとのコミュニケーションに疑問を感じれば入らないのと同じです。

そんなこんなでM1見終わった後、暇だったのでyahooのコメント欄を見ていました。これが面白いのですが、「マジカルラブリーは漫才ではなくコントではないか?優勝は見取り図が適切である」、大体こんな趣旨のコメントが目立ちました。私はマジカルラブリーのネタを結構面白いと思いましたし、後述しますが好意的に見ていたので、yahooのコメントには残念な気持ちになりました。批判するのはそれだけM1という企画に期待していたからこそなのでしょう。きっとお笑いのことが好きな方々なのでしょう。だからこそ、少しユーモアのあるコメントができないのかと、彼らは人を笑わせるために(大げさでなく)命削っているのに、外野が顔も見せずに軽々しく批判するなと、そう思ってしまうわけです。こんなことを書くと、私がその方々に批判されそうですが、私のブログは全く知名度がないので、心配する必要はないでしょう。

yahooコメントを見た限り、反応としては大きく2つ言えると思います。まず、「マジカルラブリーやおいでやすこがのネタは漫才ではなくコントだ」という反応です。私は漫才とコントの定義を知らなかったので少し調べてみました。論文も問題と目的で用語の定義をすることが重要ですので、そのノリです。調べたところ、以下のサイトが非常にわかりやすかったです。

サルでも分かる『漫才とコントの違い』これで10倍ネタを見るのが面白くなる! | 元芸人もんじのネタ帳~だしおしみなく~

仮にこの定義が本当だとしたら、決勝の3組は漫才でいいのだろうと思います。なので、「あれは漫才ではなくコント」というコメントは的外れであり、恐らく、「私は彼らを認めない、面白くないという」メッセージの伝え方として、「あれはコントだ」と述べられた方が多かったのだと思います。

 次に、もう一つ大きな反応は、「優勝は見取り図一択だった」というものです。これは恐らく、M1を見ていた人の多くが、しゃべくり漫才を期待していたことの裏返しかと思います。最近知ったのですが、漫才には「しゃべくり漫才」と「コント漫才」というのがあるそうです。その違いも、上で紹介したブログに記載がありますので、気になる方はご覧ください。ざっくり言うと、しゃべくり漫才というのはマイクの前で立って会話するスタイルの、オーソドックスな漫才で、コント漫才は、「おれが何々の役やるから、お前はあの役やって」と、その場に設定を持ち込むタイプの漫才らしいです。伝統的な漫才はしゃべくり漫才ということ、これがポイントです。優勝したマジカルラブリーは決勝で、電車に乗っている人の動きを強調した、バーバルというより動作で表現するネタをやりましたし、おいでやすこがはボケがずっと歌を歌っていたので、会話のターンテイキングが著しく少ないタイプのネタでした。つまり、しゃべくり漫才ではなかった。一方見取り図は、ネタの内容をあまり覚えていないのですが、比較的オーソドックスなタイプの漫才だったと思います。どうやら批評家のなかで「上手さ」ついて言及する方は、感覚レベルに訴える笑いがあまり好きはないという印象を受けます。感覚レベルというのは要するに動き(動作)とか、変顔とか、子供でも分かる笑いのことです。やや程度が低いと思われてしまうのかもしれません。錦鯉の49歳のボケの人は感覚に訴えるタイプに見えました。私は結構こっちのタイプが好きです。理論的で綿密な構成で笑わせ、うならせるようなバーバルレベルのネタが好きな方の不満が、yahooのコメントに集中したのかなと勝手に感じました。感覚レベルのネタは発想勝負みたいなところもあるので、感覚VS思考、みたいな解釈もできるかもしれません。話がそれましたが、総じて、M1を伝統的な漫才の上手さのコンテストと取るのか、面白い漫才を選ぶ大会と取るのか、その前提が人によって違うために、こういったネット上の論争が起きるのだと思います。

 ここで話が変わるのですが、心理療法の世界にもコンテスト形式のイベントが存在します。知らない方はにわかに信じられないかもしれませんが、「ブリーフセラピー協会」という学会の学術大会において、今も本当に行われています。しかも名前が「B1グランプリ」。BはブリーフセラピーのBです。M1と名称が似ていますが、これはお察しのとおりB1がM1をパクって、失礼、オマージュして作られた企画だからです。企画内容を少しだけ説明すると、M1と同様に予選があります。予選を通過した5組のセラピストは、本選で20分のデモンストレーション(ロールプレイ)を行います。会場にいる大会の参加者が最も良かったセラピスト(最も上手かった、だったかな…、何て書かれていたか忘れてしまいました)に投票し、獲得票数が最も多いセラピストが優勝です。ちなみに5「組」と書いているのは間違いではありません。B1に出場するセラピストはメインとサブセラピストの2人1組です。他のセラピーでは考えられないことかもしれませんが、家族療法・ブリーフセラピーではよく見る設定です。本選のロールでは、クライアント役は固定で、同じ人がやります。そのため、5組であれば5回のロールプレイをやるわけです。どちらかと言えば、順番は後の方の組が有利です。後の方が、クライアントが役に慣れてノッており、会話がスムーズに運ぶからです。

 B1においても、M1と同じような観客同士の評価のズレが生じる可能性があります。皆さんはブリーフセラピーというとどんなモデルを想像するでしょうか? 私はマスターの時にブリーフセラピーを中心に学んでいましたので、ブリーフというとまずMRI(家族療法でいうコミュニケーション派)が浮かびます。次にソリューションフォーカストアプローチ(解決思考短期療法)です。これは私の想像なのですが、世間的には、つまりブリーフにあまり精通していない方は、ブリーフ=ソリューションフォーカスだと思っているのではないかと。ソリューション・・・長いのでSFAと略しますが、SFAはド・シェーザーとその奥さんであるインスー・キム・バーグを始祖とするモデルです。問題がない状態、いわゆる「例外」を拡張すれば問題は消失していくという非常に斬新な発想のセラピーモデルです。その斬新さと「問題がない状態」、言い換えるとポジティブな要素に着目するという明るさがウケ、ブリーフといえばSFAみたいな見方になっているのだと思います。ちなみにブリーフサイコセラピーとブリーフセラピーは何が違うのかと言うと、私の理解ではブリーフサイコセラピーというのは比較的短期で終結を目指すセラピーの総称で、CBTとか、短期的な精神分析的精神療法とか、それこそMRIやSFAとか、いろいろ入っている認識です。一方ブリーフセラピーというは、システム理論とコミュニケーション理論を理論的背景としたセラピーであり、問題偽解決がベースのMRIモデル、例外とその拡張がベースのSFAを合わせた呼称だと理解しています(マイケル・ホワイトのナラティブモデルを含むかもしれません)。

まぁそれは置いといて、今年のM1に関するコメントにあった、「あれは漫才なのかコントなのか」、という論争は、これは「ブリーフセラピーなのか、CBTなのか」、みたいなものです。ブリーフセラピーセラピーでは、行動的な介入課題を行いますので、一見CBTに見えたりします。次に、「しゃべくり漫才を期待していたのにコント漫才ばかりだった」というのは、「MRIを期待していたのに、ソリューションフォーカスばかりだった」みたいなものです。(MRIとSFAは逆でもいいですが)。要は、「パラドックス期待していたのに例外ばっか探すなよ! この組も例外かよ!」みたいな感じです。この表現が何人に伝わるかわかりませんが、わかる方にはわかっていただけると思います。クライアント目線で言えば、MRIでもソリューションでもどっちでもいいのです。悩みが解決できればいいのです。これが、M1でいう、面白ければいいということです。私はお笑いも、セラピーも、最終的にはプラグマティックであればいいと思っています。お笑いは面白ければどんなやり方でもいいし、セラピーもその人が元気になるならどんなモデルを使ってもいいと思っています。もちろんM1やB1は競技的なイベントなので、漫才やブリーフセラピーの枠におさまる必要はありますが。

M1と心理学をあと少しだけこじつけるとすると、楽しみ方として横断的にみるか、縦断的に見るかという視点があると思います。横断的というのはその大会に出ているコンビ同士の比較であり、縦断的というのは、同じコンビの過去と現在の比較です。私はマジカルラブリーのことを好意的に見ていたと先述しましたが、これは野田クリスタルさんの決勝後のセリフによります。彼は「最下位をとったことがあっても優勝できます」と言いました。ご存じの方も多いと思いますが、彼らは何年か前にM1の決勝に出た際に、審査員の上沼さんから「好きじゃない」と酷評されています(私が動画を見返した感じでは、好意的に見てはいないけど、ネタっぽくなるようにあえて深刻に言っているように見えました)。それは良いとして、要はボコボコにけなされた経験があるわけです。そして何年かぶりにリベンジを果たした。野田さんのあのコメントには相当しびれました。

そして、今回の彼らはかなりしたたかでした。登場シーンでは土下座をしていましたし、自己紹介では「笑わせたい人がいる男です」と言い笑いを誘っていました。そしてこれはyoutubeのあるコメントですが、「彼らはやっていることは何も変わっていないのに、評価は最下位意からナンバーワンになった」というものです。確かに芸風としては野田さんが変な動きをして村上さんが突っ込むというもので、酷評された時もそうでした。ただし、決定的に違うのは、今回の方が面白かった。着眼点とか、間とか、色々な要素があるのでしょうが、私は決勝1本目の野田さんがレストランに窓割って入ってくるシーンが一番笑えました。このように、各コンビを何年か連続して縦断的に見ていくと、そこにあるストーリーを含めて楽しめるようになります。それじゃあネタの面白さを競っているわけじゃないじゃないか、という反論もあるかもしれません。しかし、その時点でよいものを見せるために、ネタ以外の文脈も使うことを誰も責められないと思います。2019年のM1でもオール巨人師匠がペコパに対し、「過去の芸風を捨ててきた、それが嬉しいよね」と、ネタ以外(ある種の好感度)を採点(漫才の見方)に持ち込んでいました。ブリーフセラピーでもユーティライゼーションという概念があります。これはミルトン・エリクソンの思想の一つで、使えるものなら何でも使えということです。セラピストの要因で言えば、例えば面接室で誰がどこに座るのか、セラピストがどんな服装をするのか、そういったことも含みます。このように戦略的にセラピーを進め、クライアントの役に立つことに、誰が文句を言えるでしょうか。横断的な戦いがメインなのは間違いないですが、M1やB1が回数を重ねて歴史ができれば、縦断的な見方も取り入れた方がより楽しめると思いますし、それをネタに含めることもネタと言えると思います。

私は単純に芸人の皆さんが成長している姿に勇気をもらいました。来年もまた見ます。ありがとう!

そしてこんなクソ長い記事を読んでくださりありがとうございました!

 



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この記事を書いた人
モトセ

30代の心理職です。元会社員で社会人入試組。ITベンチャー→大学→大学院→心理職。SC、精神科クリニック、企業内心理職の経験ありです。twitterでは心理学関係の学会の更新情報をほぼ毎日つぶやいていますので、情報収集に使ってください。

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